ご挨拶
劇団文芸座代表 小泉 博

 

 第二次世界大戦が終焉し、空襲で灰燼に帰した富山市に、ようやく復興の兆しが見えはじめた1948年(昭和23年)6月、長谷田秀夫・麦谷真喜子両氏(故人)を中心に劇団文芸座は呱々の声をあげました。
 1998年が創立50周年となり、記念事業の第一弾は、5月に県教育文化会館で、ハンガリーの傑作戯曲「ザ・トートファミリー」を公演。秋には新利賀山房に於いて、利賀版「夜の来訪者」次いでカリブ海のアルバ国際演劇祭で「きぬという道連れ」を、今年に入って早々の1月にはシドニーとキヤンベラで「結婚の申し込み」と「とら」を、3月は全国アマチュア演劇大会に参加し、新国立劇場で「きぬという道連れ」を公演いたしました。お陰様でそれぞれ一連の記念事業は全て盛況裡に終えることができました。
 この度、50周年事業の締め括りとしで”劇団文芸座50年のあゆみ”の記録誌を刊行する運びとなりました。
 劇団文芸座がこの半世紀をどうにか乗り切り今日を迎えることができましたのも、常日頃、私たちを温かく見守り、力強く励ましてくださった皆様方のお陰であり、記録誌刊行に当たり、衷心より厚く御礼申しあげます。
 顧みまするに、劇団文芸座は、1948年9月23日、富山市石倉町の富山座に於いて、三好十郎作「獅子」と高橋貞夫作「トラック島」で旗揚げ公演を行い、爾来、今日まで国内外で公演数は520回を越え、世界の6大陸、17ヶ国30都市で、9作品を52公演行うとともに、富山で5度に亘る国際アマチュア演劇祭と国際アマチュア演劇サミット、アジア・アマチュア演劇サミット日本会議などの国際演劇事業を企画し、その推進の中核となって、富山や世界の演劇活動の振興と発展に尽力して参りました。
 かつて、稽古や上演する会場すらままならぬ状況下の富山で、泥くさいリアリズム演劇にこだわり続けながら、ささやかな地域演劇の灯をかかげてきた劇団文芸座が、チェーホフやイプセンの近代名作戯曲の上演から、難解さで定評のあるイヨネスコ作品にまで挑戦し、外国で数々の賞を獲得する劇団にまでなった昨今を思うとき、誠に感慨無量なものがあります。
 財政上の破綻や政治的イデオロギーの対立で活動が低迷し、加えて分裂や除名騒ぎで解散寸前の辛酸を舐め、厳しい試練に晒された時代が信じられないような思いすらいたします。
 劇団文芸座の国際活動は、単に私たちだけの演劇活動に止まらず高校演劇、児童演劇からろう者の手話劇、更には他の芸術グループの国際化の橋渡し役をも果すことが叶い、富山の国際文化交流の輪が着実に広がったことを実感でき喜びも一入です。
 このところ「あなた方は、富山の国際文化交流の井戸を掘った」と言ってくださる方が、時折いらっしゃいます。
 この際、そのお言葉を素直に受けて、私たちが小さい井戸の一つも掘ることができたのだとしたら、それは劇団文芸座を育ててくださった方々のお陰であり、とりわけ富山の国際化のための環境づくりと、文化の県づくりのため腐心なさった中沖豊知事と、どうすれば目指す水脈を堀り当てることができるか、親身になって教えてくださった平田純先生のお陰に他なりません。
 またテクニックを授かり、エキスを供給して頂いた富山県芸術文化協会の芸術家や学者の皆さんのご恩も決して忘れられるものではありません。ご指導とご協力を賜った、これらの恩人たちに対して、私たちは、いくら感謝しても過ぎることはありません。
 近年、プロ、アマを問わず劇団無用論、劇団一代論が議論されています。
 2、3年先のことはともかく、劇団文芸座がこの先どのようになるのか今の私には、とても予測ができません。
 価値観の変化もさることながら、人それぞれの生き方の多様化に伴って、劇団文芸座が誇りとしていた団結や連帯が、年々稀薄になっていることは否めません。
 演劇を通して培った筈の社会的責任の果たし方に対する意識が乖離しつつあることも気になりますが、これは私たちの劇団だけの問題でなく現在広く日本列島全土に瀰漫している社会的風潮と言えそうです。
 ただ確と言えることは、4年前に起きた阪神淡路の大震災の折、単に電話連絡だけでもって僅かひと晩の内に劇団員全員が、被災者救援のためのチャリティ公演実施を賛成してくれ、まさに家族ぐるみで公演成功のために取り組み、公演のチケット売上げ総額2,257,000円を義援金として北日本新聞社を通して、被災地へ贈ることができた時に見られるような、思い遣りと連帯感が、劇団の仲間たちの間に存在する限り、劇団文芸座の灯は決して消えることはありません。
 限りなく不透明な激動の時代にあって、どんなに苦しくとも誰かに何かを求めるのではなく、私たちに何ができるのかを常に探りながら、この富山の地で演劇活動を通して、人生に於ける真の感動とは何かを求めて行きたいと願っております。
 どうか今後とも変わらぬ温かいご理解と熱いご声援を賜りますよう、切にお願い申しあげる次第です。
(「劇団文芸座50年のあゆみ」より)