
そのような状況に置かれているからこそ 
〜IATA(国際アマチュア演劇連盟)五十周年に寄せて〜
小泉博(IATA元副会長)
二十世紀は著しい科学と技術の進歩を伴う大飛躍の時代といえるだろう。だが、同時に、それは、これまで以上に、多くの戦争が戦われ、すべての国の人々が厳しい苦難をこうむった世紀でもあった。今二十一世紀にあって、尚、まだ民族・宗教の憎悪と不寛容、また貧困の故に、多くの戦が戦われていると聞かされているのだ。
それだけでなく、全世界は、テロリストたちによって、また環境汚染と破壊によって引き起こされた、混乱と困惑の泥沼に衝撃を受け、不安におののいている。
今こそ、演劇活動は、平和の女神が我らの地域、国、世界を支配するのでなければ、続けて行けないことを想起すべきだろう。
こうした状況に置かれているからこそ、IATAの会員は連帯の絆を強め、「如何に生きるべきか?」の問いに対する答えが探し求められてきた演劇を通して、IATA会員は全世界に対し、IATAの精神と目的を広め、拡げる作戦を開始すべきである。
1983年9月、アジアで初めての富山国際アマチュア演劇祭が開かれようとしていた。演劇祭開幕二週間ばかり前に、アメリカ発韓国行きの大韓航空旅客機がサハリン沖でソビエト戦闘機によって撃墜という悲惨な事件が起こって、全世界を震撼させた。我々の演劇祭準備は大混乱に陥れられ、デッドロックに乗り上げた(行き詰まった)。
亜米利加と韓国だけでなく、日本でも、人々の間に強い反ソ感情が広まっていた。鉄のカーテンの背後から来るグループを如何に迎え入れ、如何に演劇祭を成功させ、彼らの富山滞在と帰国を安全に計らうかについての詳細な計画を立てる、全く別な仕事に忙殺された。我々は深く憂慮した。
その時、心中深く、世界の平和を緊急に願った。1945年の夏、富山大空襲の後、焼くような太陽の中で、渇きと空腹ながらに、焼け落ちた我が家の灰の中に立ちながら平和を願ったとき以上に緊急に、平和を願ったことを覚えている。
恐らく狂ったような反ソ感情を背景にしてだろうが、ある新聞記者が、ロシア・グループを意地悪そうに横目に見ながら、モート・クラーク教授に「ソ連戦闘機が大韓航空機を撃墜した後で演劇祭に参加しに来たロシア・グループのことを、あなたはどう思いますか?」と尋ねた。
教授は答えた、「政治と宗教は人々を分裂させる傾向があるが、芸術は人々を集める。こんな状況に置かれているからこそ、参加者が互いに理解し、友情を育てることが重要だと私は考える。これがIATAの精神であり、目的です」と。
ロシア・グループに富山滞在中は不快感や不安を持たせ名教に、我々は十分注意した。一例を示せば良かろう、演劇祭の毎日、夜、参加者がホテルに帰って寝たあと、仲間がソ連の旗をポールからはずし、誰も来ない中に毎朝またポールに掲げていた。
演劇祭は大成功利に終わり、それからと山国際アマチュア演劇祭は六回目をかぞえている。私はわが畏友モート・クラーク教授のメッセージを一言一句忘れないだろう。TIATFが開かれ、世界から人々を集める限り、IATAの精神と目的を言い表す彼のこの金言は若い世代へと繰り返されていくだろう。